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「石油の呪縛」と人類 ソニア・シャー著/岡崎玲子訳 を読む


昨年読んだ本なのだが、洞爺湖サミットを前にして日経の日曜日の書評に登場していたので再読した。
本書は石油の成り立ち・人類との出会い・石油による紛争・社会問題・枯渇していく石油・進まない代替エネルギー問題と、一連の問題を概観するのに適している。
石油は数億年前の海に堆積した有機物からなり、ここ100年間で人間の生活を劇的に変えた。一方で人間社会に経済的搾取や資源をめぐる政略と紛争を引き起こし、最近の流行である気候変動問題では石油の使用による環境負荷も限界だとされる。困ったことに石油の産出はピークを迎えている一方で、代替エネルギーに有力なものがないことが分かる。その危機感が米中での資源獲得競争に結びついている。このところ急激に力を持つCO2悪玉説は、チェルノブイリ事故以来凋落の一途を辿っていた原子力業界にとってビックチャンスであろう。しかし、気候変動とCO2の濃度は科学的に証明されていない。このような一大プロパガンダには何か裏があると考えておいた方が良い。経済成長を続ける中印に対する現代のワシントン会議ロンドン軍縮会議といえるかもしれない。洞爺湖サミットではCO2大幅削減を主張する先進国側と削減に反対する新興国側が対立し、意見がまとまらなかった。最近の原油高は新興国に対する兵糧攻めとも考えられたが、実際どうだったのだろうか。
最近行われているグルジアとロシアの戦争も、石油をめぐる争いの可能性が高い。ロシアはBTCパイプラインが憎くて仕方ないんでしょうね、きっと。原油価格が暴落すればロシアの力も削がれるだろうが、まだまだ難しいだろう。連山の記事にもあるように、ロシアにとってはグルジアは死守しなければいけない土地。戦争は簡単におさまらないだろう。
トルコ・エネルギー省は「間も無くBTCは再開する」といっていますが、当のBPはロシアに気を遣って再開をためらっているようだ。8月上旬、BTCが爆破されたのは「テロ」ということになっていますが、その後の展開からしてロシアの仕業ということだって考えられます。満州事変の頃に似た空気を感じますね。

「医療格差の時代」米山公啓著 を読む


玉石混交の新書バブルの中、クオリティの高いラインナップが多いちくま新書から、米山公啓氏の新作が出ました。以前紹介した医者が病院から逃げ出すときも優れた著作であったが、今回も秀作。一般の方に是非読んで頂きたい。ともすればマスコミのサンドバッグと化してしまう医師だが、偏らない立場で医師を取りまく環境がわかりやすく書かれている。
特定健診に対する米山氏の意見は正しいと思う。医療費抑制にはつながらない。なぜか。メタボリックシンドロームの概念の創出に当たっては製薬会社から多額の寄付があったのだ。クスリの需要を増やす方向にその基準が色づけされているのだ。特に高価であるARBやスタチンを大量に処方する方向に誘導してしまう。全く誤りとは言えないが、治療の必要性がない方が含まれているのは事実。

 そして、企業に社員の健康改善の責任を負わす(罰則あり)ことで、本来行政の仕事であった健診を民間に丸投げしようとしている、というのも当を得ている。特定健診は「公の負担を減らす」という意味では成功しているのかもしれない。医療費は増大してしまうと思うけれど。

 様々な医師のライフスタイル、その収入についても淡々と説明している。これを読んで医師の大学離れは決定的なのだな、と改めて思った。「学位」の神通力はもう無い。若い人ほど大学を見捨てている。臨床研修制度を改めるという報道もあったが、大きな流れは変えられないとみた。フリーター医師の増加についても言及している。開業医の環境の厳しさについても。抑制の効いた表現で、医師のおかれる環境は決して良くないことを説明している。
 
 堺屋太一氏の著作で(どの本だったかは忘れてしまった)
「30年間連続して有利だった職業は無い」という名言がある。例えば、昭和初期なら陸軍士官学校に行って軍人になるのが最高のエリートコースとみられていたが、敗戦でそのレールは途切れた。最高のエリートだったはずの帝国軍人も戦後は公職から追放されて、塗炭の苦しみを味わう。同様に、高度成長期〜バブル崩壊頃までは医学部に行って医者になるのが理想とされた時代があった。我々団塊Jrなどはまさにその洗脳を受けてきた世代である。とにかく勉強して医者になれと。しかし、残念ながらそのレールは途切れてしまった。パラダイムの変化に(我々のような)医師が適応しきれず、様々な問題が起こっているのだろう。医師はもう「有利」な職業ではないのだ。「有利」以外に何か魅力を感じられないと医師を続けられないと思う。堺屋式には「好き」なことをやれ、ということになるが・・・難しい課題である。

橘玲氏の新刊2冊レビュー

先月末、橘玲氏の「黄金の扉を開ける賢者の海外投資術」の続編2冊が同時発売されました。
「究極の資産運用編」はポートフォリオの組み方、海外ETFの購入についての実践編。
「至高の銀行・証券会社編」は海外金融機関での口座開設についての実践編。
どちらも「実践編」で、理論的なことは余り書かれていません。RPGの攻略本のようなもの、といえば分かりやすいでしょうか。読むのに時間はかかりません。
「究極の資産運用法」について。投資を一切やっていない私が言うのもなんですが、海外市場が軒並み下げている現在は素人には難しいのではないかと思います。特に、インデックスファンドやETFは買って転がしておくだけ、というのが売りですが今のような調整局面では「取りあえず買っておけ」というのは難しいでしょう。勿論、経験を積んだ方であれば「値下がりしている今がチャンス!」というケースは数多く転がっているのも事実。今が絶好のチャンスでしょう。
「至高の銀行・証券会社編」は実際に足を運んで集めた情報、実際にトライして評価された金融機関が集められているので価値が高いと思います。私のように「今投資をしなくても、いずれ」という方は勉強しておいて損は無いでしょう。


この2冊を読んだあと、改めて先発の「黄金の扉を開ける賢者の海外投資術」を熟読されると良いでしょう。私も今、読み返しているところです。さらに理解が深まります。続編から入るのは余りお勧めしません。橘氏の一貫した主張として、「日本人の持ち家志向は決して賢くない投機である」という考えがあります。これには賛否両論があると思います。年収数百万のサラリーマンが3000-4000万の住宅ローンを組むのはレバレッジをかけた立派な投機であると。持ち家は契約書にサインした瞬間から価値が下落し、20-30年もすればゼロになってしまう。そんなの美味しくないでしょう?というものです。確かに、経済的合理性は欠いています。しかし(ここが一種の「宗教」または「洗脳」であるといえる)、日本人は「みんなやってるから・・・」という言葉に最も弱いのです。みんながローンを組み、持ち家志向なのになんでうちは?と家族に迫られたら抗いきれないお父さん。そういわれてしまえば仕方ありません。地面や家屋を買っているのではないのです。「横並びの安心感、家庭の平和」という金融商品をローンで買っているのです。かく言う私もそうです。

 先日ご紹介したリチャード・クー氏の「日本経済を襲う二つの波」の過去記事をご覧下さい。

これを読みながら、橘玲氏の主張を改めて思い出しました。日本人の「持ち家志向」の非合理性を。以前の記事に書いたとおり、この本の最終章、「どうして日本人は豊かになれないか」は目から鱗が落ちました。日本では湿気の多い気候のせいかも知れませんが、家の寿命が諸外国に比して極端に短命です。日本では20年もすれば家の資産価値はゼロ。欧米では家の価値は基本的に永遠です。その前提があるから彼らは徹底して家の手入れをします。彼らは日本人より所得が低いけれども家のために多額の出費をせずに済むので優雅に暮らしている一方、わが国では長年働いて買った家の価値は無残にも消失してしまうのです。その繰り返しだから豊かになれないのだという主張です。一生懸命稼いでお金を貯めても、貯金箱に大きな穴があいているようなものです。すぐには無理でしょうが、日本人全体の幸福のため「不動産の価値が下落しないシステム」を構築していくべきではないでしょうか。

「金融機関のカモにならない!おカネの練習問題50」吉本佳生著を読む


金融広告を読めの発展問題集です。
「金融広告を読め」は金融機関が掲載する新聞の一面広告などの正しい読み方を懇切丁寧に教えてくれる良書でした。実際、これを読んだあとでは「この銀行、厚顔無恥にもこんな罠を堂々と仕掛けてやがる!」などと広告を楽しめるようになりました。しかし、これは「基本問題集」だったのです。
応用問題集である本書はもっと手強い。恐らく、「金融広告を読め」を読んで自信満々だった人は本書を読んで自信を打ち砕かれたのではないでしょうか(私も打ち砕かれました・・・)暗算でできる範囲の確率計算では手強い広告には太刀打ちできないことがわかりました。微妙な金融広告に出会った時には計算機片手に、本当にお徳かどうか計算する必要があります。
この2冊を読破すれば、鬼に金棒だと思います。

「日本経済を襲う二つの波」リチャード・クー著 を読む


最近読んだ本のなかでは一番感銘を受けた。ここにきてまた大きく燃え盛っているサブプライム問題を鋭く分析している。持論である「バランスシート不況」で見事に説明している。
リチャード・クー氏は90年代はWBSやビジネス雑誌に良く登場していたが、最近メディアに登場する機会が減った気がする。同じ野村総研に属した別のエコノミスト氏と同様、時の御用経済学者を臆せず批判していたことが災いして干されているのか。
 クー氏はこれまで一貫して、最近ではごく少数派になった「財政出動論者」である。私も10年ほど前はクー氏の持論に半信半疑だったが、その後の政策と景気の動向を見て、クー氏の持論を信じるに至った。即ち、財政出動こそが景気回復に有効である。今、米国で起きている金融危機にもそれが言える。クー氏がいうように、今後の米国でバブル崩壊後の日本のように「誰もが返済を優先し、借金がなされない社会」になってしまうと現在のグローバル経済は大きく変容するのではないか。そのような世の中では政府が率先して支出をすることでのみ、景気を回復させることができる。景気回復で個人の懐が潤わなければ消費の拡大もないし、税収の増大もない。財政出動のみでしか景気回復のスイッチは入れられない、というのがクー氏の持論である。「こんなに国の借金があるのに、まだ公共事業やるの?」と言われるだろうが、わが国のここ15年の実績からいって財政再建に舵を切るたびに景気が悪化し、その結果税収が落ちている。「兵力の逐次投入」と同じで、公共事業も小出しにしては効果が薄れる。思い切って財政出動をしないと国の借金はますます返せなくなるのではないか?
昨今のマスコミの論調をみると歳出カット、公務員叩きがあたかも「パンとサーカス」の「サーカス」のようになっている。虐げられる庶民のガス抜きだ。もちろん本当の無駄は省くべきだが、公務員たたきばかりやっていると優秀な人材が外資に流出するし、極端な歳出カットで地方はどんどん衰退する。思い切った政策が必要だ。
 この本の最終章、「どうして日本人は豊かになれないか」は目から鱗が落ちた。日本では湿気の多い気候のせいかも知れないが、家の寿命が諸外国に比して極端に短い。日本では20年もすれば家の資産価値はゼロになる。欧米では家の価値は基本的に永遠である。その前提があるから手入れをする。彼らは日本人より所得が低いが家のために多額の出費をせずに済むので優雅に暮らしている。(気候が似ている中国や他のアジア諸国ではどうなのだろう?)そのため、わが国では長年働いて買った家の価値は無残にも消失する。その繰り返しだから豊かになれないのだという。すぐには無理だろうが、ここを改めていくべきだろう。

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